謹賀新年2007年01月01日 00時55分44秒

 あけましておめでとうございます。

 といっても、本当におめでたいのでしょうか。

 景気がマクロ的には上向いていると言われますが、先行き不安先感は大きくなるばかりです。
 グローバル化に対応し、透明度を高めた市場経済を発展させるということは新自由主義とイコールではないはずなのに、オルターナティブとなる「改革」の現実的道筋は庶民には見えてきません。
 先ほどのNHKの「ニュース」では、安倍首相の所信表明として「憲法改正」を真っ先に(NHKらしく)広報しており、2007年の前途が予見できる出だしでした。
 おそらく多くの方がそうだと思いますが、身近な暮らし・仕事を考えても、何一つ良いことが思い浮かない状況です。しかし、絶望も希望も虚妄なことに変わりなし。もし奈落へと突き落とされていくのだとしても、大切なのはどのような過程や姿勢を経て奈落に落ちていくのかです。同じ滅びるにしても、その滅び方が大切なのだ。そう覚悟を固めることにして、やれることをやっていきたいものです(ね)。

参院選で憲法改正を争点化?2007年01月04日 23時03分55秒

 「安倍政権は来年の選挙で正面から「憲法改定」を争点化し国民的議論となるようには絶対しません」と書いていたのですが、改憲、参院選の争点に 安倍首相、年頭会見で方針ということになってきました。
 しかし、彼が「国民的議論」を深めるようにはしないことは確かでしょう。「美しい国に相応しい手直し」だとか「憲法制定から60年経たので21世紀の現代に合った憲法に」ということを前面に出し、そして北朝鮮などの仮想敵をクローズアップさせながら9条の改定ももっともだという雰囲気作りで攻めてくるはずです。

 日本共産党は中央委員会総会で志位委員長が「憲法改正を阻止する」とのようなことを言ったようにニュースで見ましたが(現時点で共産党のサイトそれについてまったく記事がないようで未確認ですが)、「憲法改正」と言っている時点で「正しい改定」という意味ですから不正確というか負けています。

 ともかく、「憲法改悪を許すのか」を争点にして議論を掘り下げる必要があります。民主党が護憲派と改憲派に分かれていることも安倍ブレーンの計算に入っているのでしょう。そうであれば、民主党の改憲派も自分たちの憲法改正と安倍政権の国家主義的憲法改悪がいかに違うかを鮮明にさせる必要があるはずです(同じというならさっさと自民党に行ってください)。
 従来の「護憲派」に頑張ってもらうことが絶対必要ですが、「憲法改正派」も「危険で復古的な自民主導の改憲には反対」 となる必要があるのです。
 小沢民主党が対立軸を鮮明にするという道筋は正しいし、野党協力を実現するためにもそれは望ましいことです。ですが、民主党が共産党や社民党と同じになっても仕方ありません。
 民主党には都市の「改革支持派」、無党派層、ホワイトカラー層、都市ブルジョワ(市民層)、新中間層を、国家主義の側に追いやらない役割があるはずです。
 そこで民主党はすぐにまとまった改憲案を無理して出さなくても、党内議論をどんどん進めるとともに、「憲法改正には賛成だけれど、性急で復古的な改憲を今すぐするのは反対だ。国民とともに私たちはこういうプランで議論を行い、幅広い国民各層が賛成できる真の憲法改正案をつくります。それより、今大切なのは年金・社会保障・犯罪抑止・教育です」と反撃していけばよいのです。(民主党が「消費税UP」を凍結したのは、私は疑問ですが、年金や保育や犯罪抑止は具体策を鮮明に打ち出せるはずです)。

キャノンに親近感をもっていたが2007年01月06日 15時45分02秒

 年末年始で気になったニュースとして、キャノンの政治献金再開と「御手洗ビジョン」の発表がありました。御手洗キヤノン会長が経営者として実績があることは確かなのですが、しかし・・・
キヤノンは26日開いた取締役会で、政治献金を年内に再開することを決めた。自民党の政治資金団体に数千万円を献金するとみられる。  同社は04年6月に外国人の株式保有比率が5割を超えたため、外資比率50%超企業の政治献金を禁ずる政治資金規正法に基づき献金を中止していた。しかし、今月13日に改正政治資金規正法が成立。外国人の持ち株比率が過半数の企業も献金が可能になり、同社の御手洗冨士夫会長が日本経団連会長の立場で社会貢献としての企業献金を推進する姿勢を示しているため、献金再開に踏み切った。
<政治献金>キヤノンが年内再開へ 自民党の政治資金団体に
 法人税減税を政策として掲げる安倍政権与党の自民党に献金をすることが「社会貢献」となるというのは違和感を感じてしまいます。
 御手洗氏の経営が、目先の企業利益にのみ目を向けるのではないという理念に基づくことはわかるのですが、前から「愛国心なき経済改革は失敗する」と言っていたように、彼にとっては公共の尊重=愛国心であり、それは「美しい国」路線へと結びついていくのでしょう。

 ですから「御手洗ビジョン」でも、「美しい薔薇が健やかな枝に咲くように、美徳や公徳心は愛国心という肥沃な大地から萌え出る」(「希望の国、日本」)と書かれています。
 これは単なるレトリックではないでしょう。美徳や公徳心も「愛国心」が前提になるという考え方は、かなり国家主義的なイデオロギーが下敷きにあるといわざるを得ません。民主主義社会での美徳や公徳心は、個人が家族などの人と人との関係において健やかに形成していくものです。北朝鮮現体制と同じ全体主義を唱道していると言われても仕方ないような、復古主義的・国家主義的な内容になっています。(美徳や公徳心を本当に大事にするなら、やらせや粉飾で国民の人権を抑圧する、あの「エセ愛国心」をこそまず問題にしなければいけないのはずですが・・・)。

 経団連のビジョンや会長である御手洗氏の言動・思想とキャノンを直結させたくはないし、そうすべきではないでしょう。
 私は、憬れのマニュアル一眼レフをやっと手に入れた高校時代から始まり、初めて固定給を得る身になって買ったEOSや、その後の初代のIXYデジタル、インクリボン時代から数台を買い換えて使用してきたPC用プリンターなど、生活歴とキャノン製品購入は切っても切れず、ユーザーとしてかなり思い入れがあります。しかし、上記のようなニュースが続くと、どうしてもキャノンと距離を感じてしまい、心情的に残念な気分です。

 尚、経団連ビジョンについては、法人税減税・「労働市場改革」・少子化対策などの内容も大きな論点になり、安倍政権のとるべき経済政策を考えるうえでも、きちんと議論されるべきでしょう。ただ、消費税の引き上げ率を安倍政権の「上げ潮」政策に合わせてたった2%に抑えたりと、ずいぶんと政治主義的な点は非常に危惧します。

ピンぼけの共産党による民主党批判2007年01月06日 21時32分35秒

 日本共産党の第三回中央委での志位委員長の報告を読むことができました。
 安倍政権への批判などは的を射ている点が多々あると思います。しかし、安倍政権の暴走ストップを願う、私たち庶民の声が届いているのでしょうか。もっとも残念なのは、民主党批判のあり方です。志位さんはこう言っています。
  ・・・こうして三年余りの動きを検証してみても、三年前の民主党と自由党の合流が、それまでの民主党の性格を、いわばもう一つの自民党へと大きく変質させた、このことは明らかです。今日の民主党は、自民党政治の「三つの異常」を共有する政党であり、政治の基本でどちらかが「よりまし」とはいえないのであります。
 わが党は、国会内の対応で、与党の暴走を食い止めるうえでの野党間の連携は、条件があれば今後もすすめます。しかし、民主党がもう一つの保守党への変質を明瞭にしたもとでは、政権共闘はもとより、国政選挙での共闘も問題になりえません。自民・民主の合作としてすすめられている憲法改定のくわだてを打ち破るために、草の根から国民的多数派を結集し、改憲派を包囲・孤立させていく、このことが、今後数年を展望して国政の最重要の課題になっていることを強調したいと思うのであります。(拍手)
 まったくため息をつくしかないというところでしょうか。

 共産党が民主党の政策を批判することは当然のことですし、与野党問わず政策論争をどんどんやってほしいです。そして、自由民主主義・平和主義を保守する立場からすれば、志位氏が言うように<改憲派を包囲・孤立させることが最重要課題>です。
 しかし、このブログでくり返し書いているように、2007年の現在の情勢での、具体的課題は、国家主義的・米国従属戦争参加目的の憲法改悪を阻止するためには与党を参院選で敗北させることであり、それを、何より優先させなければならないと思うのです。
 
 いくら民主党に入っていたリベラル・革新系の票を共産党が少しくらい獲得できても、野党の協力もなく、建設的な政策論争もない泥仕合をして自民党が勝てば、憲法改悪への道にまっしぐらに進むでしょう。いくら共産党の票が増えてたとしてもどうなるでしょうか。
 自民党が国政選挙で得票率では少数派なのに多数議席を占めて、教育基本法改悪という悲惨な結果を許した、この数年の経緯から明らかです。

 「民主党はもう一つの自民党と同じ」として国政選挙での協力もしないと宣言するのはのは、あまりに乱暴です。防衛政策ひとつとっても民主党は「専守防衛」によって集団的自衛権に枠をはめています。共産党から見れば不十分に見えるかもしれません。しかし、今、問われている、9条を変えて米国の下請け戦争に参戦できるようにする憲法改悪に民主党は賛成はしていません。

 
 日本国憲法の理念に基づき、日本及び世界の平和を確保するために積 極的な役割を果たす。自衛権は、これまでの個別的・集団的といった概念 上の議論の経緯に拘泥せず、専守防衛の原則に基づき、わが国の平和と 安全を直接的に脅かす急迫不正の侵害を受けた場合に限って、憲法第9 条に則り、行使する。それ以外では武力を行使しない。
 これが民主党の政策マグナカルタの防衛政策ですが、9条改悪を俎上にのせようとしている安倍自民党と同じだと志位共産党は強弁するのでしょうか?

 志位氏は<民主党批判を進めるうえで「情報提供型の対応」をするのが大切だ>と言っています。
 多様な潮流をかかえた民主党が、外からも見える形ですったもんだしながら政策をつくっているのに対して、何の情報公開もなく「中央」から正しい政策が決定される共産党が<情報提供型>を強調するというのも何ともアイロニカルです。

 大きな歴史の流れを見れば、ファシズムの政権獲得を許した教訓は、社会主義者でなくても共有されていたはずですが、「過去の戦争への無反省という異常」を指摘することができなくなるのではないかと危惧します。志位氏は社民党が民主党と選挙協力をすることを批判していますが、安倍自民党の勝利に手を貸すような<批判>ではないあり方を望みたいものです。

 尚、aiubisさんに紹介していただいた、2007年参議院選挙 野党共闘 にもTBをします。

民主党に白紙委任できないのには賛成です2007年01月07日 21時42分47秒

 私の昨日の記事「ピンぼけの共産党による民主党批判」にコメントをしていただけたブログ今日の出来事の「優柔不断な民主党に白紙委任状は出せない」という記事を拝見しました。new-eraさんには拙文をとりあげていただきありがとうございました。

 new-eraさんの記事は拙文への批評という体裁をとられていますが、「優柔不断な民主党に白紙委任状は出せない」という主張が中心点で、つまり実質的内容は民主党批判だと読ませていただきました。

 「優柔不断な民主党に白紙委任状は出せない」という点については、私は全面的に賛成します。
 第一に、共産党や社民党を含めて「どの党にも白紙委任などできない」というのが私の意見ですし、第二に、民主党は本来的に新自由主義的傾向を抱え、内部にもさまざまな色合いの改憲派がいて(その中には国家主義的改憲を推進したり、それへ無抵抗な人々を含みます)、私の個人的な意見とは相容れない部分があるからです。

 ただ、new-eraさんが拙文への批評という体裁をとって、拙文に対して記事を書かれていらっしゃり、どうしても誤解もされていると読めますので、最低限のコメントをさせていただきます。

まず次の点なのですが
かのブログでは、『共産党の<改憲派を包囲・孤立させることが重要課題>とする主張には賛意を示しながら参院選で与党を敗北させることが重要であり民主党勝利を優先させなければならない』、としている。
と書かれていますが、私は、その点を次のように書いているのです。
 しかし、このブログでくり返し書いているように、2007年の現在の情勢での、具体的課題は、国家主義的・米国従属戦争参加目的の憲法改悪を阻止するためには与党を参院選で敗北させることであり、それを、何より優先させなければならないと思うのです。
 私は(共産党であれ、誰であれ)「民主党勝利を優先させなければならない」などとは思いません。そうではなくて、<与党(その中心は憲法改悪を推進する自民党です)を敗北させて、憲法改悪を路線をストップさせ、改憲の発議をできなくさせることが最重要課題だ>と言っているだけです。

 new-eraさんが書かれているように民主党には問題があります。教基法改悪時の国会での民主党の腰砕けには私自身痛憤いたしました。ですから民主党を批判してはいけないなどと私は考えておりません。(たとえば、new-eraさんが言及されている「前原民主党前代表」の時には、「無責任な民主党前原執行部への批判の声を集中し、小泉自民党に奉仕する民主党内の潮流を「解体」させていくことが、今、必要なことです」と書いたこともあります)。

 長くなってしまいましたが、私が志位さんの幹部会報告を読んで言いたかったことは次の2つです。
 1)民主党を批判するのはよいが、「民主党はまったく自民党と同じ」は説得力がないということ。
 2)民主党と選挙協力をどのような形態であれ完全否定して、自民(与党)批判票が分散して自民党の勝利に手を貸してしまうのを、私のような庶民はもっとも恐れるということ。


 1)について、もう少し述べさせていただきますと、実効力のある批判がほしいということです。
 たとえば国民投票法についての姿勢は共産党と民主党では異なります。共産党の立場から、「国民投票法は憲法改悪のステップなのだから断固反対せよ」と批判することは当然でしょう。しかし、たとえ国民投票法に賛成したからといって「憲法改悪の道を開く自民党と同じだ」という批判は説得力があるでしょうか。「イラク特措法」と「テロ特措法」に反対した民主党、「憲法9条に則る」と言っている民主党という現実(それは一面の現実に過ぎないという立場を私は否定しませんが)があり、しかも、国民の中の民主党支持者は共産党の数倍という現実があります。
 そのような現実のもとで、憲法改悪を止めるためには、思想信条の違い、立場の違い、党派の違いを超えて、民主主義と平和主義を守るために力を合わせようという流れを、創り出すことが私は今、もっとも必要だと思っています。
 その<流れ>の具体的存在形態が上記の2)の政党間の選挙協力です。参院選まで半年ある現時点で、あらゆる形態の選挙協力を自ら(結果的にではなく)完全否定することが、憲法改悪阻止の流れにとってどのような効果をもたらすでしょうか。

 安倍政権は今つまずいていますが、当然に自民党は選挙目当ての手を次々とくり出してきます。参院選で野党が足を引っ張り合って与党が大勝するという悪夢が現実にならないように、声をあげていきたいです。「社民主要打撃論」がファシズムの伸張に手をかしたような事態はどうしても避けたいと思うのです。

 尚、私は、「民主党は情報公開型政党」だとは書いておりません。企業献金に私は反対ですが(キャノンに親近感をもっていたが )、共産党より自民党や民主党の政策決定過程の情報が庶民には見えやすいのは事実だと思っています。ただし、その政策が庶民にとって「正しい」かどうかはまったく別問題ですが。
 <情報公開>とマルクス主義の<前衛党>の問題などは、いつか余力があったら考えてみたいと思っています。
[追記]:ブログ「秘書課村野瀬玲奈です」さんから、「各政党への代表窓口」のTBをいただきました。各政党へ意見を伝えることは大切なことだと思います。ありがとうございました。

祝『丸山真男の思想がわかる本』出版2007年01月16日 22時38分04秒

 民主党大会があり、「民主党」批判や「共産党による野党協力否定」批判など論じたいことが多々あるのですが、今日、ネットを見たら、ブログ「世に倦む日日」に久しぶりに「丸山真男の思想がわかる本」の記事が載っていました。

 心より出版をお祝いいたします。

 以前に、出版のことは書かれていたので、待望していました。まだ、入手しておらず内容を見ていないのですが、とりあえずエントリーを読んで、予想通りだったことと、少し予想と違っていたことがあります。

 予想通りだったことは、thessalonikeさんが、「市民のための丸山真男ホームページ」の作者であったということ。私のように、「世に倦む日日」と「市民のための丸山真男ホームページ」の両方の読者だった人は、「そうではないか」と推察していたと思います。
 「市民のための・・・」の「 菅直人と朝日新聞のテルミド-ル12日- 第18回参議院選挙に寄せて -」などの鋭い時論的分析は本当に秀逸で、私はとても多くの刺激を受けました。(加藤哲郎教授等の研究者から「市民のための・・・」は、高く評価されていました。インターネットによる市民的学術文化の画期を切り開いたものだったでしょう)

 予想外だったことは、
「出版された本の内容が本の原稿は10年前に書き上がっていて、そしてすでに10年間公開されているのである。書き直す部分は基本的にない」
とされている点です。
 おそらく「あとがき」などに、経緯が書かれているのでしょうが、あのサイトの内容があらためて出版されるということの意義は大きいと思います。
 「世に倦む日日」が更新されないのは、新しい原稿を書かれているからだろうと、私が勝手に想像していたので、予想外な感じがした次第です(余計なお世話ではありますが。もしかしたらネット言論の有効性論ともリンクするのかも)。

 「市民のための丸山真男ホームページ」の諸論文のすべてが収録されてはいないでしょうが、ともかく、「戦後レジーム」の根本破壊が企図されている、この政治状況中での、この出版は本当に喜ばしいことです。

「戦後レジーム」話への感想2007年01月27日 22時50分49秒

 安倍晋三首相は、166国会の施政方針演説でまたもや「戦後レジームを大胆に見直す」と言いました。
今こそ、これらの戦後レジームを、原点にさかのぼって大胆に見直し、新たな船出をすべきときが来ています。「美しい国、日本」の実現に向けて、次の50年、100年の時代の荒波に耐えうる新たな国家像を描いていくことこそが私の使命であります。
 安倍さんにとっては今の日本は「美しい国」ではないから、これからその実現のために、「戦後レジーム」を変えるというわけです。しかし、「次の50年、100年の時代の荒波に耐えうる新たな国家像」を描くというけれど、その内容は何だかまったくわかりません。いやいくら修辞とはいえ50年、100年先まで耐えうる国家像を描くなんてことをのたまうこと自体が、歴史の重みを考えたこともない傲慢さが現れてしまっています。
 そもそも、保守主義者は安易に50年、100年先まで国家像を設計することに反対するはずです。

 「これらの戦後レジーム」の「これら」が指示している中身も、表面的なものでしかありません。先の引用の前に安倍さんが言ったことは、
私は、日本を、21世紀の国際社会において新たな模範となる国にしたい、と考えます。
 そのためには、終戦後の焼け跡から出発して、先輩方が築き上げてきた、輝かしい戦後の日本の成功モデルに安住してはなりません。憲法を頂点とした、行政システム、教育、経済、雇用、国と地方の関係、外交・安全保障などの基本的枠組みの多くが、21世紀の時代の大きな変化についていけなくなっていることは、もはや明らかです。我々が直面している様々な変化は、私が生まれ育った時代、すなわち、テレビ、冷蔵庫、洗濯機が三種の神器ともてはやされていた時代にはおよそ想像もつかなかったものばかりです。
というものなのです!  確固とした理念ではなく、戦後民主主義的なものに感覚的に反発するしかない安倍さんのような「タカ派」にとっては、結局このような把握しか出てこないでしょう。

 こういう言辞を聞いていると、安倍さんよりはもう少し理屈っぽい文章ですが、1937年に文部省が出した『国体の本義』を思い起こします。<英米の個人主義・自由主義の行き詰まりのもとで、天壌無窮の皇運を扶翼する日本の国体を体得して、新日本を建設し世界にそれを示すことが世界史的使命だ>と説いた、あの頃の革新思想と本質的発想は同じです。
 革新官僚岸信介の孫は、祖父の発想を感覚的に受けついでいるということでしょう。

 「戦後レジーム」というのは、戦後日本の政治・社会体制を漠然と言っているのでしょうが、政治の面でも「憲法を頂点とした」自由民主主義体制というだけでなく、平和主義(9条)・象徴天皇制・日米軍事同盟が絡み合っていた体制ともいえるでしょう。

 ですから、安倍さんは「戦後レジーム」の見直しを憲法改定(憲法改正に賛成である私から見ると彼がしたいのは憲法改悪)から真っ先にやろうというのは変なのです。まず政治・経済・社会の総合的な分析なり総括が必要なのに、それについてはまったく内容あることを語れないのが安倍晋三氏のようです。
 確かに21世紀のグローバリゼーションの中で、戦後の体制を見直して行かざるを得ないことは確かです。経済社会においては、すでに戦後体制は変わっています。
 でも、もっとも安倍さんたちが理解していないのは、国家の役割を統制的に強めることによって、現在の<行き詰まり>を何とかするという話しが時代遅れだということです。
 社会が成熟化し複雑化すれば国家によって市民社会の問題を直接的に解決しようとすればするほど、有害な結果が生じる危険が高まるでしょう。
 <教育>の問題にみられるように、国家と精神的に一体化すれば道徳性が高まるというようなアナクロな感覚(理念ではありません)は、そのような感覚を共有する人の間以外では、無効です。
 国が<いじめた子どもを出席停止に>と音頭をとることが大事なことかのように思っている人は、きっと子どもの生活がどうなっているかをまともに考えたことがないのでしょう。

 ところで、脱「戦後レジーム」に対抗する戦略をもたなければならないはずの民主党など野党側もきちんとした見通しを纏めてほしいものです。それと戦術としても、たとえば民主党は「国民投票法案に賛成するのか反対するのか」という問題の立て方にのってしまうのはおかしいと思います。
 一般論としての手続き法案の存在を否定することは難しいし、内容的に瑕疵がなければ賛成せざるをえないでしょう。しかし、問題なのは、その法案を復古的・国家主義的・好戦的憲法改悪に向けての、つまり特定の偏った目標実現に向けての手段としようとしている安倍政権の姿勢です。本来の国民投票法案のあり方をねじ曲げている与党はおかしいという攻勢をかけるべきです。国民的議論の前に特定の改憲を急ぐ安倍氏の恣意性がおかしいという点に共感する人は多いでしょう。