「戦後レジーム」話への感想2007年01月27日 22時50分49秒

 安倍晋三首相は、166国会の施政方針演説でまたもや「戦後レジームを大胆に見直す」と言いました。
今こそ、これらの戦後レジームを、原点にさかのぼって大胆に見直し、新たな船出をすべきときが来ています。「美しい国、日本」の実現に向けて、次の50年、100年の時代の荒波に耐えうる新たな国家像を描いていくことこそが私の使命であります。
 安倍さんにとっては今の日本は「美しい国」ではないから、これからその実現のために、「戦後レジーム」を変えるというわけです。しかし、「次の50年、100年の時代の荒波に耐えうる新たな国家像」を描くというけれど、その内容は何だかまったくわかりません。いやいくら修辞とはいえ50年、100年先まで耐えうる国家像を描くなんてことをのたまうこと自体が、歴史の重みを考えたこともない傲慢さが現れてしまっています。
 そもそも、保守主義者は安易に50年、100年先まで国家像を設計することに反対するはずです。

 「これらの戦後レジーム」の「これら」が指示している中身も、表面的なものでしかありません。先の引用の前に安倍さんが言ったことは、
私は、日本を、21世紀の国際社会において新たな模範となる国にしたい、と考えます。
 そのためには、終戦後の焼け跡から出発して、先輩方が築き上げてきた、輝かしい戦後の日本の成功モデルに安住してはなりません。憲法を頂点とした、行政システム、教育、経済、雇用、国と地方の関係、外交・安全保障などの基本的枠組みの多くが、21世紀の時代の大きな変化についていけなくなっていることは、もはや明らかです。我々が直面している様々な変化は、私が生まれ育った時代、すなわち、テレビ、冷蔵庫、洗濯機が三種の神器ともてはやされていた時代にはおよそ想像もつかなかったものばかりです。
というものなのです!  確固とした理念ではなく、戦後民主主義的なものに感覚的に反発するしかない安倍さんのような「タカ派」にとっては、結局このような把握しか出てこないでしょう。

 こういう言辞を聞いていると、安倍さんよりはもう少し理屈っぽい文章ですが、1937年に文部省が出した『国体の本義』を思い起こします。<英米の個人主義・自由主義の行き詰まりのもとで、天壌無窮の皇運を扶翼する日本の国体を体得して、新日本を建設し世界にそれを示すことが世界史的使命だ>と説いた、あの頃の革新思想と本質的発想は同じです。
 革新官僚岸信介の孫は、祖父の発想を感覚的に受けついでいるということでしょう。

 「戦後レジーム」というのは、戦後日本の政治・社会体制を漠然と言っているのでしょうが、政治の面でも「憲法を頂点とした」自由民主主義体制というだけでなく、平和主義(9条)・象徴天皇制・日米軍事同盟が絡み合っていた体制ともいえるでしょう。

 ですから、安倍さんは「戦後レジーム」の見直しを憲法改定(憲法改正に賛成である私から見ると彼がしたいのは憲法改悪)から真っ先にやろうというのは変なのです。まず政治・経済・社会の総合的な分析なり総括が必要なのに、それについてはまったく内容あることを語れないのが安倍晋三氏のようです。
 確かに21世紀のグローバリゼーションの中で、戦後の体制を見直して行かざるを得ないことは確かです。経済社会においては、すでに戦後体制は変わっています。
 でも、もっとも安倍さんたちが理解していないのは、国家の役割を統制的に強めることによって、現在の<行き詰まり>を何とかするという話しが時代遅れだということです。
 社会が成熟化し複雑化すれば国家によって市民社会の問題を直接的に解決しようとすればするほど、有害な結果が生じる危険が高まるでしょう。
 <教育>の問題にみられるように、国家と精神的に一体化すれば道徳性が高まるというようなアナクロな感覚(理念ではありません)は、そのような感覚を共有する人の間以外では、無効です。
 国が<いじめた子どもを出席停止に>と音頭をとることが大事なことかのように思っている人は、きっと子どもの生活がどうなっているかをまともに考えたことがないのでしょう。

 ところで、脱「戦後レジーム」に対抗する戦略をもたなければならないはずの民主党など野党側もきちんとした見通しを纏めてほしいものです。それと戦術としても、たとえば民主党は「国民投票法案に賛成するのか反対するのか」という問題の立て方にのってしまうのはおかしいと思います。
 一般論としての手続き法案の存在を否定することは難しいし、内容的に瑕疵がなければ賛成せざるをえないでしょう。しかし、問題なのは、その法案を復古的・国家主義的・好戦的憲法改悪に向けての、つまり特定の偏った目標実現に向けての手段としようとしている安倍政権の姿勢です。本来の国民投票法案のあり方をねじ曲げている与党はおかしいという攻勢をかけるべきです。国民的議論の前に特定の改憲を急ぐ安倍氏の恣意性がおかしいという点に共感する人は多いでしょう。